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Shine Blog

ブログと趣味と音楽と。

お金の心配をしたくないなら見栄を張る生活に終止符を打とう

お金の心配をする男

 

何年か前、私の頭の中はお金のことで一杯だった。

 

年収は400万円程度。多くはないが独り身の私には充分な金額の収入があったにも関わらず、お金の心配で頭が一杯だったのだ。

 

当たり前のようにネット通販で商品を探し

当たり前のようにクレジットカードを使い

当たり前のように欲しい物を買う

 

その頃は税金の仕組みも知らず、住民税や年金をいくら払っていて来年はいくら払うことになるのかすら分かっていなかった。

 

手元に30万円あればすべてを使い切り、その浪費癖から月に最低25万円はないと生活していけないと思っていた。

 

お金の心配に拍車をかけたのは、そんな状態の私が人1人を養おうとしたことがキッカケだった。

 

 

彼女との同棲

その頃付き合っていた彼女がいた。その子はとある業界で飯を食うことを目標に上京して以来フリーランスとしてずっと頑張ってきた人だった。

 

仕事は無くはないがバイトもしないと食っていけない。そんな状態だった彼女に面倒を見るから同棲しようと持ち掛けたのは私の方だ。

 

人生2度目の同棲生活は5年で終わった。今となっては後悔とお詫びの気持ちしかないような終わり方をしてしまったと思っている。

 

同棲当初は月30万円の収入でも余裕を持って暮らしていたのに、仕事のストレスから散財するようになり、収入が増えたのにお金が回らなくなってしまったのだ。

 

自分で自分の首を絞めたような経済状態に陥り、それで精神的な余裕をなくしてしまったことが原因の失敗だった。

 

 

お金が無かった理由

世の中には相反することなのに世間的に両方とも受け入れられているような言葉がある。

 

A:「金持ちになりたいなら良い財布を持て」

B:「金持ちはコップから溢れた水を飲むんだ」

 

例えばこの2つだ。

 

Aは誰が言い出したか知らないが、Bの言葉はかの有名なロバート・キヨサキ氏の『金持ち父さん貧乏父さん』が元ではないかと思う。

 

この言葉は理論的だが、財布の話はどちらかというとスピリチュアル寄りな話だろう。金持ちの振る舞いを真似れば金が舞い込んでくるといった類の話だ。

 

よくよく考えてみるとバレンタインデーのチョコのようなメーカー戦略ではなかったのかとも思えてくるが、その真相を知るすべはない。

 

そして、数年前の私がしていた考え方はAだった。

 

 

無駄遣いとはなんなのか

お金に余裕がある人が高価なブランド財布を買うことには何の問題もない。お金に余裕が無かったとしても、購入することが出来て満足して使えるのならそれもまた問題のないことだろう。

 

ただし、金持ちになりたいから頑張って買うといった当時の私のような考え方には大いに問題がある。

 

それがお金の心配ばかりするようになったことの大きな要因のひとつだからだ。

 

どういうことかというと、それが見栄を増長する買物だったことが大問題なのだ。つまり、金持ちになりたいから金持ちの真似をする論には終わりがない。

 

財布を良いものにすれば、靴もバッグもスーツも果ては車や家にまで見栄を張りたくなってしまう。世の中上手く出来ているもので、人に見栄を張れる商品には際限がない。

 

財布ひとつにしても50万円以上するような物もあるし、見栄が広がればランチひとつにも莫大なコストが掛かるだろう。500円高いランチを1年続ければ、仕事の日だけであっても年間10万円以上は出費に差がでることになるからだ。

 

金持ちになりたいという理由で良い物を手に入れても、現実ではどんどん貧乏になっていくというのでは笑うに笑えない。投資になる物ならば話は違うが、金持ちになりたいことが目的の消費をしているのなら、今すぐに考え方を改めた方が身のためだ。

 

見栄を張るための買物

 

これこそが私の無駄遣いの正体だった。これを言い訳にしてストレス解消をしていた買物依存症だったとも言えるかもしれない。

 

そんな私が今使っている財布は3,000円の長財布だ。とても気に入って使っている。

 

 

現在の生活

今、私は月に12万円あれば生きていける生活をしている。去年の所得がほとんどないので税金が安いこともあるが、家賃の5万円や光熱費を含めての金額だ。

 

同棲しているので安く済んでいる出費もあるが、一人暮らしだったとしても15万円もあれば充分に生きていける生活だ。

 

仮に月に安定して20万円の収入があったとすると、税金分を考えても生命保険にも加入できる程度の収入になる。

 

現状では在宅でブログを書いているだけなのでこの程度の出費で済んではいるが、サラリーマンになるとスーツや身の回りの物にお金が掛かる。

 

ただ、もしそうなったとしても今の私なら昔のように散財することはないだろう。見栄に掛けるコストほど自分を苦しめるものはないと知ったからだ。

 

理想としては見栄を失くすのが一番いいのだが、残念ながらまだそこまでの境地には達していない。私もまた消費社会に洗脳されて生きてきた1人であることを痛感している。

 

 

ゼロになる覚悟を持つ

ブログで生計を立てていると、余計な心配をしてくれる人がたくさんいる。元々学歴もなく、レールが敷かれた人生など16才の頃には脱線していた私であってもだ。

 

それでも2年前まではブラックながらも普通(?)のサラリーマン生活をしていたので、生き方というか稼ぎ方を変えた私が心配されるのも無理のないことだ。

 

「ブログで稼げる」とか胡散臭さしか感じない人の方が多いだろうし、ブロガーでも副業として続けている人が多い。やはり決め手は安定性なのだろう。

 

ただ、今さら安定性のある企業になど就職もできないし、そもそも安定して働くことが苦手だという認識をしたからこそ、このタイミングでブログ飯を食うことを目指したのだと思う。

 

ブログで月30万円以上稼げるようになったことはラッキーな要素も多々あったからではあるが、やはり生活水準を見直してからブログを書き始めたという精神的な安定は大切な要因だった。

 

人間お金の心配ばかりしていると他のことを熟考することなどできないものだ。

 

しかしながら、”安定性”というか”先の読みづらさ”に対して心配してくれる声には耳を傾けないといけないなとも思っている。

 

結婚も考えているし、子供も欲しい。家族ができたら極力お金の心配は掛けたくないし、見栄を張る家族にもしたくない。

 

必要な物を買えるだけのお金があって、向き合える家族と健康に過ごすことができれば、それ以上の幸せはないなと思うようにもなった。

 

だからこそいつでもゼロになったら他の稼ぎ方をする覚悟と、コップから溢れた水を飲む習慣だけは変えないようにしたい。

 

自分が持っていないことではなく、自分が持っていることに意識をフォーカスして生活すれば、現在の生活が上手くいっていないと感じている人であっても、今すぐに幸せを感じることはできるのだから。

 

そうすればストレスも減り、自ずと無駄遣いも減っていくことだろう。

 

 

おしまい。

 

 

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