Shine Blog

ブログと趣味と音楽と。

退職という選択。それはそれまでの信用を捨てるということ。

サラリーマン

 

退職。

 

それは組織から抜けて、肩書きをひとつ捨てるということ。

 

私は今まで9回ほど退職をして、その都度自分を売り込んで転職をしてきた。なかにはアルバイトや派遣もあるので、それほど大それたことではないが、普通の人よりは肩書きをなくした経験が多いかもしれない。

 

同業種や似た業界へ、雇われる立場で転職するのであれば、それまでの経験を活かしてプラス評価から再スタートを切ることもできるが、フリーランスや起業するとなるとそれはまた別の話になる。

 

 

雇われ時代の給料はサラリーマンとしての評価

雇われている労働者は、時給や日給、基本給などで労働に対する対価が決められている。たとえ仕事で手を抜いていたとしても、解雇されたり会社が倒産しないかぎりは給与は支払われる。

 

人によっては、『自分の生産性くらいは考えて仕事している。』と思っているかもしれないが、所詮それは会社が整えたシステムの上での話に過ぎない。例えば販売の仕事ならば、店舗と商品と決済システムがあって、利益が確保されている状態で販売できるから、販売した時にその人間の成績になる。

 

知名度や品揃え、立地などの条件がすでに揃っている店舗で勝負しているのが販売員であり、この時に月給30万円に見合う能力があったとしても、当然だが雇われないかぎりは、その能力だけでは同等のお金を稼ぐことはできない。

 

つまり、こういったスキルのある人間が転職をするのと、自営業になるのでは、まったく違ったスタートラインに立たされることになるということだ。

 

予算管理や企画運営等の仕事ならば少し話が違ってくるが、起業に必要な資金調達や取引先の確保などは、一から信用を築いていかなければならない。

 

 

名刺の肩書きが変われば信用も変わる

人は世間のイメージや肩書きにめっぽう弱い。サラリーマン時代の取引先に『◯◯さんが独立したら絶対お取引したいんでお願いしますね。』などという上辺の言葉を信じて、起業してみたら手のひら返しで断られるなんてことはよくある話だ。

 

相手が敬意を払ってくれているのは、あくまで会社に所属しているあなたに対してであって、あなた個人に対してではない。ある程度その業界に精通していれば、影響力や情報を持っている退職直後こそ同様に扱われるかもしれないが、そのうちに相手の態度も変わってくる。皆仕事の立場ありきで応対している以上、利害関係が変化すれば、それがすなわち関係性の変化そのものを指す。人は足元を見る生き物なのだ。

 

そして私はこの関係性が大の苦手で、「◯◯社の桐生さん」として敬われることにひどく不快感がある。これはフリーランスになろうが、社長になろうが変わらないことだと分かってはいるが、人が作った会社の肩書きに守られていることが、不快感の正体なのかもしれない。

 

とはいえ、私自身も例と同じような手のひら返しを体験したことはある。皆ビジネスマンで、役者な人間は結構いるもんだなと関心したものだ。こういった経験はキャバクラで言われたお世辞を、そのまま信じて立ち振る舞ってしまった時に似た恥ずかしさがあり、同時に敗北感すら覚える。だが相手に悪気はない。真に受けてしまった自分が悪いのだ。

 

 

厳しい意見に耳を傾けることも大切

もしもあなたがいま転職や独立を考えているのであれば、それを口にした時に否定的な意見を言ってくる人がいることだろう。

 

私自身はあまのじゃくで、困難なことであればあるほど、失敗してみないと気がすまない性格なので、他人の選択にあまりとやかく言うことはないが、それはある意味冷たいことでもあると思っている。

 

『きっとできる頑張れよ。』などというセリフは誰にでも簡単に言うことができるし、自分が決めたことはそのまま進めたい人がほとんどなのだ。人の心理には一貫性の原理があり、一度決めたら余計なことは言われたくないし、応援してもらえれば俄然やる気も湧いてくる。決断時点での情報が少なくても、たとえ間違っていたとしても、「信じた道を歩きたい」というのが人の欲求でもある。

 

そんな時に否定的な意見を言われるのは、良い気分になるものではないし、自分への利害だけで考える人もいるので、なかなか耳を傾けることが難しい。特にその相手が経験していない分野への挑戦をしようとしていた場合、『やったことない人間にとやかく言われたくない』という気持ちで、素直に聞くことはできないかもしれない。

 

しかし考えてみて欲しい。自分が未経験の分野で活躍できるかもしれないと思う根拠はなんだろうか?それは、今までの自己実現の積み重ねで得た自信ではないだろうか。そして、その自信につながった経験の多くは、今の仕事で得たものではないだろうか?

 

何が言いたいかというと、成功する自信がこれから挑戦しようとする分野の経験で得たものでないのに、失敗する要因を挑戦する分野の人しか知らないはずだというのは、なんとも都合のいい解釈ではないかということだ。

 

自身の利害から出た否定的な意見と、あなたのことを心配しているからこそ否定的に聞こえる意見を判断するのは難しいかもしれないが、『何も知らないくせに。』と言って耳を閉じることは、『きっとできる頑張れよ。』と背中を押すことくらい簡単なことなのだ。

 

特に過去に似たような挑戦をして失敗した経験がある人や、そういった人達をたくさん見てきた人の意見には、聞くに値する話があることを覚えておいて欲しい。それを聞いて決断を変えるか変えないかは置いておいて、挑戦する上で自分のためになる話はあるかもしれない。

 

世の中にはどの業界にも桁外れの成功者が必ずいて、大概それはほんの一握りだ。成功談を聞いてイメージトレーニングをすることも大事だが、教訓や名言の多くがそうであるように、人生には失敗談から学ぶことの方が多い。

 

 

退職するのは、それまでの信用を捨てるということ

サラリーマン時代最後の転職は、誰の目から見ても失敗することが明らかな転職だっただけに、悔しさは強かったが、今ではその時の情況を多少は客観的に見ることもできる。これまで転職する度に人との縁が切れ、寂しい思いをしたこともある。もちろん友人として繋がりの切れない人間もいるが、「金の切れ目が縁の切れ目」と同じように「仕事の切れ目が縁の切れ目」でもあるのだ。

 

最近では転職や起業することが、一種のステータスになるような風潮があるが、日本の大手企業はまだまだ転職歴が多い人間には、否定的な見方をしている企業がほとんどだ。人事には転職歴は5回目まで、職歴1年未満があれば不採用などの裏ルールが存在し、職歴に半年以上の空白期間があれば、よほど前向きな理由でないかぎりはネガティブに捉えられることになる。

 

起業については、業態により大きな違いがあるのでひとくくりにはできないが、先に述べたような経験を『裏切りとは違うのだ』と理解しながら、経営者として成長していくのだろう。

 

私自身、現在は無職だ。もう少し稼げる金額が増えたら、ブロガーという肩書きの名刺を作ろうと思っているが、そこにどれほどの社会的信用があるかは推して知るべし。なかなか険しそうな道である。

 

ここまで書いておいて説得力はないかもしれないが、私は挑戦する人間を応援したいと思っている人間だ。今は失敗例の代表のような経歴だが、1年後には立派にフリーランスとして飯を食う人間になっていたいと強く願っている。ここに書いたことが、成功への心得となるのか、只のたわごととなるのかは、1年後にははっきりとしていることだろう。

 

いずれにせよ、花を咲かせるためには、種を蒔く以外に方法はないのだ。

 

スポンサーリンク

Copyright © 2016 Shine Blog All rights reserved.